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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)47号 判決 1955年4月05日

上告人 山田治郎(仮名)

右訴訟代理人弁護士 江原三郎

被上告人 山田一雄(仮名)

右法定代理人親権者 山田ハナ(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人の上告理由は別紙記載のとおりである。

しかし(一)婚姻は父母の同意がなくても戸籍吏が受理すれば後に取消なき限り有効に成立する。しかる以上本件において長治死亡の時に遡つて効力を生ずること勿論である。当事者の死亡後に婚姻が効力を生ずるということは有り得ない。その後は同意権者に取消を請求する権利があるだけである。右の取消につき何等主張立証のない本件婚姻は有効に存続するものである。(二)論旨第二点掲記の原判旨は相当である。本件の場合原審の認定した事実によれば、被上告人は嫡出子として入籍するのであるから入籍については戸主の同意を心要としない。論旨第三点掲記の原判旨も相当である。その余の論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。(原審認定の事実原判決挙示の証拠によつて認められないものではない)。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二八年(オ)第四七号

上告人 山田治郎

被上告人 山田一雄

上告代理人江原三郎ノ上告理由

第一点原審ハ山田家ノ戸主長政ノ長男タル長治ガ今次大東亜戦争ニ応召シテ昭和十八年○月○日戦死シタルコト右長政ガ同十九年○○月○○○日死亡シ上告人ガ家督相続人ニ選定セラレタ旨同二十一年○月○○○日相続届ヲ為シタルコト及ビ同年○月○○日長治ノ委託ニ基クモノトシテ同人ト被上告人ノ母木村ハナトノ婚姻届ト共ニ被上告人ヲ長治ノ庶子トスル届出ガ為サレタコトハ上告人ノ争ハヌトコロデアル。

上告人ハ被上告人ハ事実山田長治ノ子デハナク長冶トシテハ始ヨリ被上告人ヲ認知スル所存モナケレバハナト婚姻スル意思モナカツタノデ絶イテ右認知及ビ婚姻ノ届出ヲ他人ニ委託シク事実ハナイノデアルカラ前記各届出ハ無効デアルト主張スル。

然シ成立ニ争ノナイ甲第一ナイシ第五号証乙第一ナイシ第三号証第四号証ノ一ナイシ五(但シ同号証ノ二ハソノ一部)原審証人山田クメ(第一、二回)山本定一、野村太郎、山田ヨシ、原口杉作(一部)ノ各証言ヲ綜合スレバ被上告人ハ山田長治ト木村ハナトノ間ニ生レタ子デアツテ長治ハ昭和十七年○月○日頃出征ニ際シ居村巡査駐在所ニオイテ母山田クメハナノ母木村サダ及ビ山本定一等ニ対シ被上告人ヲ自己ノ子トシテ認知スル意思ヲ表明シ庶子出生届並ビニハナトノ婚姻届ノ手続ヲ為スベキコトヲ委託シ父長政モソノ場ニ在ツテコレニ同意シタコト及ビ長治ノ戦死後前記委託ヲ受ケタ三名ヨリ○○○区裁判所ニソノ委託ニツキ確認ノ申立ヲ為シ昭和二十一年○月○○○日附ヲ以テ同裁判所コレガ確認ノ裁判ヲ与イタノデ同年○月○○日前記ノ如ク各戸籍上ノ届出が為サレ即時受理サレタモノデアルコトガ認メラレコノ認定ニ反スル上告人ノ挙示ノ各証拠ハ何レモ採用スルコトガデキヌソレ故右各届出ハ有効タルコト明ラカデアツテ上告人ノ前記主張ハ失当デアル然ルトコロ昭和十五年法律第四号「委託叉ハ郵便ニ依ル戸籍届出ニ干スル法律」第三条ノ規定ニヨレバ届出人ノ死亡後ソノ委託ニ基ク戸籍届書ガ受理サレタトキハ届出人死亡ノ時ニ届出ガアツタモノト看做サルベキデアルカラ前記各届出ハ長治死亡ノ時タル昭和十八年○月○日ニ遡ツテソノ効力ヲ生ジ長治ノ庶子タル被上告人ハ同日ソノ父母ノ婚姻ニヨツテ嫡出子(長男)ノ身分ヲ取得スルト共ニ民法代襲相続ノ規定ニ従イ父長治ニ代ツテ長政ノ推定家督相続人タル地位ニツイタモノトイウベキデアルト認定シタ。

以上原審ノ判示ニヨル認定ニハ事実ノ認定ニ於テ原審援用ニ係ル証拠中ニ長治トハナトノ婚姻届ヲ委託シタト云フ事実ノ証拠ハ少シモナクコレハ証拠ニヨラザル原審ノ創作デアル又父長政モソノ場ニ在ツテコレニ同意シタト云フ証拠ハ少シモナイ。

原審援用ノ証拠ニヨレバ長治ガ出征ノ際居村巡査駐在所ニ於テ木村ハナト長治トノ間ニ問題ガアリ被上告人ヲ長治ハ自分ノ子供デアルコトハ認メテ居タト云フ証拠ハアルガ届出ノ委託ヤハナトノ婚姻届ヲスル委託ヲシタト云フ証拠ハナイコトニ長治ノ母クメハ其時被上告人ヲ長治ノ子供トシテ認メルコトスラ絶対反対デアルトノ証拠アル位デアル勿論母クメハハナヲ長治ノ妻ニ即チ嫁ニスルナゾトノ考イハ毛頭ナイシ父長政モ毛頭ナクハナヲ嫁ニスルト云フ様ナコトハ問題ニモナツテ居ナイ。

然ルニハナヲ嫁ニスルコトニ其場デ父長政ガ同意シテ居タトノ原審認定ハ全ク証拠ニヨラザル原審ノ創作デアル出征ニ際シ内縁ノ妻ノ入籍ヲ委託スルト云フコトハアリ得ルガ小作人ノ娘ト私通シ子供ガ生レテ居タカラトテ出征ニ際シ将来ドウナルカワカラナイノニ自分ノ妻トシテ入籍シテ置イテ貰イタイト云フコトヲ他人ニ委託スルト云フヨウナコト叉ソレヲ父ヤ母ガ同意スルト云フ様ナコトハ通常ノ状態ニ於テハアリ得ナイコトデアル若シ父ヤ母ガ同意シ長冶ガ妻ノ入籍ヲ希望シテ居タナラバ出征マモナク長治ガ戦死スル前ニ被上告人ハ長治ノ子ニハナハ長冶ノ妻ニ入籍サレテ居タ筈デアル委託ニヨル届出ナゾト云フ手続ガトラレル筈ガナイ駐在所ニ於テ長治ノ届出委託ヲシタコトガナイカラ又父ヤ母ガ同意シナカツタカラコソ長治ハコノ問題ニ干シ未解決ノママ出征シタノデアル即チ原審ノ事実認定ニハ証拠ニヨラザル事実ノ認定ガアルカラ違法デアルト主張スル次第デアリマス。

委託ニヨル届出ニ干スル法律ニヨリ其届書ガ受理セラレタル時ハ戦死ノ時ニ届出ヲ届出人ガナシタコトニ見做サレルハ届出本人ノナシ得ル範囲ノコトヲナシタリト見做サレルモノデ両親ノ同意ナクモ婚姻ノ届出ヲナシ得ル趣旨デハナイ長治ガ戦死ヲシタ昭和十八年○月○日ニハ戸主ニシテ父タル長政ガ未ダ生存シテ居リ又母ノクメモ居リ長治ハ当時満二十二歳ハナハ満二十二歳デ共ニ婚姻ニツキ父母ノ同意ヲ要シソノ同意書ノナキ限リ仮令本人長冶ト本人ハナト婚姻届ヲ昭和十八年○月○日ニ役場ニ届出ツルモ受理セラレナイ筋合デアル即チ長治ノ戦死ノ日タル昭和十八年○月○日ニ○○村役場ニ婚姻届ガ受理セラレタ事実ノナイ限リ長冶トハナトノ婚姻ガ昭和十八年○月○日カラ有効トハナラナイ父母ノ同意ナキ婚姻ガ役場ニ於テ受理セラレタル時ニハソレガ取消サレル迄ハ有効ニ成立スルコトハ民法ノ規定ニヨルモノデアルカラ遡及ハシナイ委託ニヨル届出ニ干スル法律ニヨルモノデハナイカラ遡及シナイ委託ニヨル婚姻届ガ受理サレタノハ昭和二十一年○月○○日デ戦死ノ時ニ届出タト見做サレルモノハ従ツテ父母ノ同意ナキ婚姻届ノ効力ダケデアル。

父長政夫妻ノ同意書ノナキ限リ被上告人ハ山田長政ノ嫡孫トナルコトガ出来ナイカラ仮令庶子トナツテモ家族ノ庶子デアリ戸主タル長政ノ同意書ノナイ限リ山田長政ノ家族トナルコトガ出来ナイカラ長政ノ相続開始ノトキソノ法定推定家督相続人トハナラナイ筈デアル被上告人ガ嫡出子タル身分ヲ取得シタノハ委託ニヨル届出ノ受理サレタ昭和二十一年○月○日カラデ戦死ノ時タル昭和十八年○月○日カラトハナラナイ筈デアル然ルニ原審ハ長治戦死ノ日タル昭和十八年○月○日ニ遡ツテ届出ノ効力ヲ生ジ被上告人ノ父母ノ婚姻ガ成立シタト解釈シタガ之レハ法律ノ解釈ヲ誤ツテ居ルモノト考ヘラレマス単ニ長治ノ父ガ事実上同意シテ居タト云フ丈ケデハ他ノ要件ノソナワラナイ限リ婚姻ガ有効トハナラナイハナノ両親ノ同意モ長治ノ母クメノ同意モ必要デアル筈デアル長政死亡後ニ長政ノ家族ガ出来ルト云フコトハアリ得ナイ従ツテ被上告人ハ昭和二十一年○月○○日カラハ長政ノ卑族トハナルガ家族トハナラナイ上告人ノ家族デアル。

長政ノ意思ト無干係ニ長政死亡後委託ニヨル届出ガアツタカラトテソレハ長政死亡後ノ出来ゴトデアツテ生存中ノ出来ゴトデハナイカラ委託ニヨル届出ノ法律効果丈ケデハ被上告人ハ長政ノ家族ニハナリ得ナイカラ長政ノ法定推定家督人ニハナリ得ナイ原審ガ被上告人ハ長政ノ法定推定家督相続人デアルト解釈シタノハ法律ノ解釈ヲ誤ツテ居ル。

第二点原審ハ「上告人ハ家族ノ婚姻並ビニ庶子入籍ニツイテハ戸主ノ同意アルコトヲ必要トスルニ拘ラズ長治トハナトノ婚姻及ビコレニ伴ウ被上告人ノ山田家入籍ニ対シテハ戸主タル長政ハ終始強ク反対シ同意ヲ与イタコトガナカツタノデ被上告人ハ本来山田家ニ入籍シテ長政ノ推定家督相続人トナリ得ナカツタ筈デアルト主張スルケレドモ長治トハナノ婚姻ニツキ長政ガ予メ同意シテイタコトハ前定ノトオリデアリ長治ノ庶子タル被上告人ハソノ父母ノ婚姻ニヨリ嫡出子タル身分ヲ取得スルト共ニ当然父ノ家ニ入ルベキモノデアルカラ右主張モ固ヨリ採用ニ値シナイト判示シタ。

勿論父長政ガ長治トハナノ婚姻ニツキ予メ同意シタ事実ハナイノデアルガ仮リニ同意シタ事実ガアリトスルモ婚姻届ニ同意書ガナケレバ戸籍吏ニ於テ受理スルコトガ出来ナイ筋合デアルカラ長治戦死ノ時ニ婚姻ノ届ガアツタト見做サレルモソレハ長政ノ同意書ノナイ婚姻届デアルカラ戸籍吏ニ於テ受理ガ出来ナイ従ツテ長治トハナノ婚姻ハ長治戦死ノ時ニ効力ヲ生ズルコトガ出来ナイ筋合デアル委託ニヨル届出ノ受理ハ届出人死亡ノ時ヲ基準トシテ戸籍吏ハ受理不受理ヲ審査スベク届書受附ノ時ノ状態ニヨルベキモノデハナイカラ本来本件ニ就テハ戸籍吏ニ於テ受理スルコトノ出来ナイモノデアツタノデアル(東京民地昭一六年(リ)六七号同年七、三〇判決参照)然ルニ誤ツテ受理サレタノデアルカラ受理サレタ以上取消サレル迄婚姻ハ有効ニ成立スルガ(勿論取消権者ハ死亡シテ居ナイ)コレハ民法ノ規定デアルカラコノ効力ハ長治ノ戦死ノ時ニ遡ツテ効力ガ発生スルコトニハナラナイ従ツテ長治戦死ノ時ニハ有効ナル長治トハナノ婚姻ハナイコトニナル被上告人ハ依然トシテ長治ノ庶子デアツテ嫡出子デハナイ原審認定ノ如ク被上告人ハ長政ノ意思ニ干係ナク当然長政ノ家ニ入ルベキモノデハナイカラ原審ノ認定ハ法律ノ解釈ヲ誤ツテ居ル。

第三点原審ハ「右庶子出生ノ届出ハ結局子ノ認知デアツテ右ハ上告人ガ長政ノ選定家督相続人トシテ既ニ取得シタ権利ヲ害スルコトガ出来ナイトノ上告人ノ主張ガ失当デアルコトハ原判決ノ説示ニヨリ明ラカデアル故反覆ヲ避ケテコノ部分ニツキ原判決ノ理由ヲ引用スルト判示シ原判決ナル第一審判決ニハ家督相続人ノ選定ニハ法定ノ推定家督相続人ノナイコトヲ要件トスルモノデ相続開始当時法定推定家督相続人タルベキモノノ存スルニ至ツタトキハ既ニナサレタ選定ハ遡及的ニ効生ヲ失ウモノデ選定相続人ノ地位ハ民法八百三十二条但書ニ所謂害スルコトノ出来ナイ権利デハナイト解スルヲ正当トスルカラ上告人ノ抗弁ヲ排斥スルトアル。

民法第八百三十二条但書ニ所謂害スルコトノ出来ナイ権利ニハ選定家督相続人ノ地位ハ含マレナイトノ解釈ハ誤ツテ居ルト考ヘラレル民法第八百三十二条但書ニハ何等制限スル規定ハ条文上ナイシ判示ノ如キ長政ノ法定推定家督相続人モナイ。

以上

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